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ねらいは・・・ [エートマンの日記]

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 専用ヘリコプターのかわりに、高いお山にのぼり、
ねらいを定めました・・・ うん! あそこだ!!!

 えっ...どこ、どこなの・・・
あのね、真ん中へんのずっと下の方・・・
ほら、よく見て赤い三角のお屋根が目印。わかんないかなぁ~~~

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 わかりやすく、地図を用意しました。
そうです。甲府市西高橋町です。
北東側は七沢町に接し、北から北西にかけて蓬沢町、
西側に増坪町。東から南にかけては、笛吹市石和町の東高橋地区となります。

 あれっ、東高橋・・・???。
そうです。現在の甲府市東高橋町と笛吹市石和町東高橋地区は、
本来、高橋村という一つの村だったのですが、
現在の平等川にあたる河川が、村を東西に二分してしまったのです。
 1700年ごろの「元禄郷帳」という史料には、
東高橋村と西高橋村とが記載されているので、
このころまでに分かれたものと考えられています。
 
 ここは、甲府市の中心部から流れ下ってくる濁川と、
明治40年の大水害までは、こちらが笛吹川だった平等川とが
合流するところで、標高は255m前後。
昔から、洪水の常襲地帯でした。

 今回は、ねらいをこちらにしぼり、辺りを散策しました。

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 西高橋町の南部のはずれ近くに、曹洞宗竜安寺末の高橋寺があります。
このたたずまいからすると、いまは無住となっているように見受けられます。
でも、里の秋を感じさせる、とてもいい雰囲気を漂わせていました。
ちなみに本堂の左手背後の高木は、エノキでした。

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 西高橋町の北寄りのところに、この神明神社が鎮座しています。
こちらは、戦国時代の文書に、その名が見えるものです。
 すなわち、甲府の八幡神社文書の永禄4年(1561)閏3月吉日付けのものに
武田晴信が、輪番で府中八幡への奉仕を、国内各地の神社に命じているのですが、
26番目のお当番さんとして「たかはしの禰き」(高橋の禰宜)と記されていることが
よく知られています。

 以上、さわりだけを、ざざっとご紹介いたしました。
               (2006.10.16撮影)
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