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黄色いブルームーン(2度の満月) [お月さん・そして宇宙と宇宙開発]

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 昨日の夕刻のことです。
車を運転中、月が上がりました。
とても大きな月でした。
でもすぐには止まれなくて、車を止めて、カメラを向けたときには、
もう月はかなり上がってしまいました。

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 その後は、雲が出て、そのまま忘れてしまっていました。
で、いましがた、よそのブログを拝見中、「ブルームーン」という言葉に心が躍りました。
そう、1月は、元日に満月を迎えました
そして1月30日、再びの満月となったのです。
こういう月は、たいへん珍しいのだそうで、初めの満月を「ファーストムーン」と呼び、
2度目を「ブルームーン」と呼ぶのだそうです。
なぜブルームーンなのか、どうやらちょっとした誤解からだとか・・・。
 さて、昨日のブルームーンは、まだ山の端から上がったばかり。
空気の層が厚いので、赤味が強くなって、黄色く見えました。
もっと、高くなったときに撮れば、もっとクリアだったのに、残念。

 この記事を書くのに、ウィキペディアの記事を参考にしました。
またきっかけは、takeさん(ほか?)の『ラブ甲州』でした。感謝申し上げます。
 それにしても早いもので、2010年の1月も、
もう今日で終わりでありますね。

こちらもまた塗装工事中-万栄橋 [川と橋の文化誌]

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 国道52号沿いの南部町万沢の越渡(こしど)地区の
富士川右岸堤防に立って、南側(富士川下流方向)を見ています。
富士川の流れのずっと向こうに屹立するお山は、静岡との県境をなす白鳥山であります。

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 富士川の流れの向こうに見えているのは、山梨県域で富士川最南端になる橋の、
4連のトラス橋の、万栄橋であります。
この万栄橋、折しも塗装工事が進められているところでした。
すでに峡南橋において塗装工事が行われていることは、昨年12月に紹介済みですが、
こちらもお化粧直し、橋ファンとするとうれしい限りです。

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 この万栄橋のトラス構造は、単純ではありません。
西側の2径間分は、平行弦トラスですが・・・。

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 塗装工事が進められている東側の2径間については、
上弦が弓なりになるトラスになっています。
富士川にかかる橋梁の多くは、トラス式のものでしたが、
最近進められている架け替えにより、多くはトラス以外に姿を変えてきています。
すでに解体されてしまったものも含め、多くのトラス橋は
よく見るとそれぞれが個性的で、おなじものは2つとない、といわれる状況です。
そんな個性的なトラス橋の1つ、万栄橋も、今回の塗装工事により、
まだまだ現役でいられるのだなぁ、そんな想いに包まれたのでありました。

くれつぼ・23 [送電線と鉄塔&発電所・変電所]

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 クラフトパークのいちばん奥まった、もう公園の外れというところを、
東京電力の送電線、「榑坪(くれつぼ)線」が通過しています。
それでこの送電線鉄塔は、公園からちょっと外れて見た、榑坪線の23号鉄塔です。

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 見る角度を少し変えて、もう一度23号鉄塔です。
こうみると大きくて立派に見えますが、意外に・・・。

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 23号鉄塔の足下は、ネットフェンスに囲まれています。
そのフェンス越しに見たプレートですが、これから榑坪線23号鉄塔は、
大正9年1月に建てられた県内でも一、二の古さに相当する大先輩鉄塔だとわかります。
それと高さは22mと、意外におちびさん、だということもわかります。

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 そんな歴史的な23号鉄塔ですが、いまもしっかりと、
左右2回線の送電線支持を受け持っています。

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 送電線の支持の仕方は、碍子(がいし)を介して腕金から下に吊っている
「懸垂型」というやり方になっています。
碍子の数は5個なので、そんなに高い電圧ではないことがわかります。
100万ボルト設計の西群馬幹線なんかでは、
もっと高規格の碍子がたくさん連なっていますもの。

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 こちらは、1つ北側にあって、番号が若い22号鉄塔です。

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 そしてこちらは南側のお隣さんの24号鉄塔です。
こうして見ると、榑坪線23号鉄塔の前後の鉄塔では、耐張型というスタイルの
送電線の支持の仕方になっていることがわかりますが、
あわせて注目するところは、耐張型は、鉄塔の最上部がとんがり帽子のようになっていることです。
懸垂型はずんぐりになっていて違いがあります。
それによって、遠くからでも、頂部の形で、送電線鉄塔の役割(支え方)
がわかるようになっているのです。


《記事更新メモ》 2019.12.2 画像リンクと記事の一部修正を実施.

artificialな冬の木々 [公園・史跡]

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 CRAFT PARK クラフトパーク。
身延町下山にある、富士川流域につたわる伝統工芸を
アピールすることを1つのねらいとした、県立公園です。
そのメインアクセスのロータリーに、トピアリーにより公園名が表現されています。
まあ、これは“まくら”でして、これもある意味、アーティフィシャルですが、
この後の中身は、もっともっとです(・・・と勝手に思っています)。

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 じゃん! 背の高いポプラの並木風植栽。

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 ポプラという木の名前は知っていたのですが、
実際の目の前に見た木の名前がそれだとは、なかなかわかりませんでした。
ネームプレートなしには・・・・ぜったいに。

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 背高のっぽの自然樹形。それを並べることで、アーティフィシャルになっています。

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 青い空が、いっそう冬のこの木の樹形を引き立てていました。

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 もう1つ、さらにアーティフィシャルに。 メタセコイアです。

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 メタセコイアの自然樹形です。
夏のやさしい緑に包まれているのもいいですが、冬の姿もなかなかです。
そういえば、このメタセコイア、標準和名を「アケボノスギ」とされていますが、
こちらの命名者は、自然科学の研究をこよなく愛された昭和天皇によるものだといいます。

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 手前の円形プールは、水が抜かれ、噴水のための機器がさらけ出されていますが、
そのプールを含め、シンメトリーな世界をつくっています。
メタセコイアを中心に生み出されたシンメトリーを崩しているのは、
背後に見える粟倉山の姿でありました。
それをさておいて、いやそもれ大目に見て、とてもきれいな空間がそこにありました。

旧橋撤去・・・富山橋(その2) [川と橋の文化誌]

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 富山橋の旧橋が消えていく・・・その第2弾です。
富士川の対岸、波高島側から見ています。

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 東詰の上流側の親柱、「富山橋」とあります。
読み方ですが、‘とやまはし’ではありません。「とみやまはし」です。

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 近くに工事看板がありました。「旧橋を撤去する工事を行っています」
それで、工事期間は、平成22年6月30日までとなっています。
前回にもふれましたが、遠くからのパッと見では、もう旧橋は跡形もない感じでしたが、
撤去工事は6月までだなんて・・・。
そう、この6月30日は、河川敷で工事が可能な限界であって、7月からは出水期にはいるので、
それまでに工事を終えるということなのでしょうけれども・・・。

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 で、もう少し近寄ってみてわかりました。
4つの橋脚の基礎部分が残っているのでした。
仮に東詰から順に1,2,3,4と順番を付けてみました。
この日は、日曜日で、工事はお休みのようでしたが、この基礎部分の撤去が
順次進められているようでした。
そのようすを新橋の上からじっくりと眺めることにしました。

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 まずは、仮にP1とした橋脚です。
現況の河川敷の高さからだいぶ彫り込まれています。
その真ん中に、ぼんやりとまだ削り残された橋脚基礎が確認できます。

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 こちらはP2としたものです。
富士川の流れは、せき止められているのですが、河川堆積物の隙間から水が差していて、
流れがない分、きれいに澄んでいます。とてもきれい。
これも順に、基礎の最下部まで掘り取られていくのでしょう。

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 ここで、現状の橋脚のようすをもう少し望遠レンズを通して、細かに見ることに・・・。
もうかなりブレーカー攻撃を受けているためにか、コンクリートは柔らかに見えます。
そこに浮き上がっている鉄筋は、細くて本数が少ない感じ。
当時は、こんなのがスタンダードだったんでしょうね。

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 新しい富山橋のほぼ中央部から、東詰を見ています。
一番手前がP4。P1に次いでかなり解体が進んでいるようです。
その向こうがP3、そしてP2が見えます。

 こんなふうに、まだ旧橋は橋脚の基礎部分が残っていました。
これは6月ごろまでに、すべて撤去されていくのです。
それにより旧橋は、まさしく「跡形もなく」消え去ります。
かつてのトラス橋の富山橋の一部を記憶するとともに、工事の安全を祈りたいと思います。

旧橋撤去・・・富山橋(その1) [川と橋の文化誌]

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 先日(2010.1.24)、身延町下山のクラフトパークから見た
富山橋の遠望です。
下流(写真の右寄り)にあった8径間連続トラス橋の旧富山橋は、
もうすっかり、ここからでは跡形も見えなくなっていました。

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 こちらは2008年8月18日に、同じクラフトパーク内から撮影した、
まだ工事中の新富山橋と、そしてまだ現役だった旧富山橋の姿です。
(こちらの写真、撮影してそのままお蔵入りしてた、初公開です)

 橋の姿もうつりにけりないたづらに・・・ですかね。

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 せっかくだから、もそっと、ぐぐっと。

身延線の車窓から・・・変電所めっけ!!! [送電線と鉄塔&発電所・変電所]

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 少し前の日の朝、jr身延線の甲斐上野駅から甲府駅まで、
下り普通電車に乗ったときの(たぁいもにゃー)お話しであります。

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 電車は、甲斐上野を出るとしばらくして富士川(この辺じゃ、笛吹川だがゃー)を渡ります。

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 そして東花輪駅。
この駅だったか、その次だったか、身延線は、単線なので、
上り列車と下り列車の入れ替えの待ち合わせがあります。けっこうあります。
(ガラスに映っているヘンな線は、何かが写り込んでいるものです、気になさらないで)

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 常永駅辺りで見た、車窓からの朝の光景・・・。
ああ、あの山並みの一段と高きは、蛾ヶ岳(ひるがたけ)。
そして朝靄の中に並び立つ送電線は、市川大門線。
おやおや・・・。

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 一番手前の鉄塔ですが、市川大門線は、2回線の送電線。
なのになんで、腕金があんなに複雑???
で、よーく見ると、その鉄塔から、引き下ろし線が・・・。
どうやら、まだ見ぬ変電所があるらしい・・・。
暇が出来たら、いってみなきゃ・・・。
 さて、その1つ向こうの鉄塔もヘンだぞ。
そうか、分岐線を出している。あれは山梨大学医学部キャンパスに
特別高圧を供給している分岐線なんだ。それは知ってたが、手前のはな・・・。

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EH200-20、通過・・・ [鉄道・電気機関車]

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 ご存知の方はご存知の、JR甲府駅の構内の東(新宿方向)の外れに、
桜町踏切というのがあります。
そこで遮断機が下りてきたので、しばし待つことに。
で、駅構内を見ると、待機線に止まっていたEF64-36を追い越すように、
ブルーサンダーの上りが駅を発進してきたのです。

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 EF64-36とほぼ並ぶ形になった上りのブルーサンダーです。
こうして、並んだところを見ると、ブルーサンダーは、意外と細面ですね。

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 オイルタンク車をながーく牽引してやってきたのは、どうやら20号機。

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 EH200-20は、じょじょに迫ってきました。
EF64-36は、陰に隠れてしまいました。

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 今までは、望遠していたのですが、ここで少し引いてみると、おやおや・・・。
また手前にEF64がいますよ。

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 ブルーサンダーは、続けての待機線の先輩に、ぐっと迫り、そして・・・。

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 一瞬、横並びに。このとき、EH200-20の向こう側にいたのは、
EF64-39でした。

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 この日、甲府駅構内の待機線にいた2つのEF64と、
それぞれにツーショットを撮らせてくれたEH200-20は、
目の前の桜町踏切を通過、新宿方面を目指して旅立っていきました。
お疲れ様・・・・・。

石垣についての研究会のしっぽの方だけ参加の記 [調査・説明会・講演会・シンポなど]

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 先日、甲府で、城郭などに用いられてきた歴史的な石垣についての
大切な研究会が開催されました。
その後半の方だけ、参加ができましたので、メモしておきます。

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 研究会のタイトルは、この写真のとおり「第7回全国・・・・・」です。
甲府市の中心部、甲府城跡の内堀の畔に建つ市の施設、社会教育センターを会場に
1月21日と22日、基調報告・事例報告・研究討議が行われました。

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 こちらは、1点目の写真と同じですが、第2日の午後のパネルの際の会場全体のようすです。
あつい・・・ふんいき。インフルエンザも、ちょっとばかり、ふきとびました。

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 22日15時、研究会第2日の日程終了の後、会場の社会教育センター階段踊り場から見た
あたたなか冬の午後の陽を浴びていた甲府城跡です。
翌日は、こちらの実際の石垣を見ながら、現場中心のお話しになります。

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 一夜明けて、23日の土曜日の午前に、甲府城跡と武田氏館跡に残る
甲斐の歴史を重くのせた石垣の実際を見ながらの研究会。
こちらは、甲府城跡での石垣を見ながらの状況です。

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 甲府城跡の旧鍛冶曲輪の一角で、石垣の石積みを担ってきた伝統的な技術をめぐって
具体的な検討や実演も行われました。

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 それにしても、石垣についての問題は、大きくて難しいもの、
参加者が、3日間にわたって進められてきた研究会の最終のまとめをされておるところ・・・。

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 まとめが行われていたのは、この稲荷櫓の石垣の前でありました。
この石垣、前にもふれたように、この写真に写っている範囲ほとんどを解体、
つまり石積みを外して、悪いところをなおし、また元のように積み戻しされたのですが、
今回の研究会は、そうした石垣の改修などをめぐるさまざまな問題を検討されたもの、
なので、この場が、まとめにいちばんふさわしかったようです。

 もっとも、この後、武田氏館跡の実際も見ましたので、
ここで終わりということではないのですが、エートマンの参加の記はここまで・・・。
終わりになりますが、3日間の研究会の準備並びに運営に当たられました皆さん、
また全国各地よりご参加の皆さん、たいへんお疲れ様でした。

ちょび、ふっかつの日 [エートマンの日記]

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 エートマンの影法師であります。
まだまだ影が薄いですねェ・・・。
3日間伏せり、最高発熱記録39度4分。
やーまいりました。
では、またおいおい・・・です。