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兼六園で「日本武尊」に釘付けに・・・ [エートマンのお出かけメモ]

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 先日、急な所用で、金沢に行ってきたときのことです。
せっかくなので、兼六園を初見物しました。
雪のある兼六園、雪吊りなどに風情があり、なかなか優雅でありました。

 でも、いちばん印象に残ったのは、これっ。
もうよくご存知の方もおられるかと思われますが、エートマンは初対面だったのでとにかく感激。

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 傍らに説明板がありました。
高札風のもので、メインの日本語の表記の他、英語・ハングル・簡体字・繁体字と
さすがに国際観光都市だなぁ・・・。(わが甲府では、どうだろぅ・・・。)

 ともかく、このような場合において、その内容をよく理解するのに、たいてい
英語がスッキリしていてとてもよいですよ。なので、引きます。

  Statue of Prince Yamato Takeru
  This statue of Prince Yamato Takeru(Japanese Mythological hero) was
  erected in 1880 to commemorate the Ishikawa warriors who died in
  the Satsuma Rebellion of 1887.


 ふ~ん、そうなんだ。

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 ということで、1880年に建てられたブロンズ製の日本武尊像が乗る石の台座、
後で調べたところ、それ自体にも意味があるようですが、そこに刻まれた銘文に注目です。
 中心に「明治紀念之標」と書かれておりまして、その右側にこの書を認められてお方の御名、
すなわち「陸軍大将兼左大臣議定官 / 二品大勲位熾仁親王書」とございました。
うわっ、すごいお方がお出ましになられましたぁ。
 熾仁親王さまのことは、とても畏れおおいので、ここでは深く掘り下げないようにし、
その先に進みましょう。

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 お終いに、もう一度、日本武尊の銅像に注目です。
銅像に関しても話題、盛りだくさんのようです。

 まずは、通常の歴史観でいくと実在した特定の人物とは見なされないお方のお姿である点。
それは、英文の Japanese Mythological hero がよく語っているところです。

 次に、銅像として、わが国最古の作品だとされていること。
よく知られている、東京九段の大村益次郎像(明治21=1888)や
上野の西郷隆盛像(明治30=1897)などよりずっと古いものであるのです。

 それから、制作についてもちょっとした話題があるようです。
当初この像の鋳造は、地元の金沢の鋳物師が担当する運びだったそうですが、
江戸時代から全国的に有名になっていた、富山高岡の鋳物師が横取りをするように
その制作・鋳造に関わったのだそうで、そのため、作品自体に、
やれ頭が大きすぎバランスが悪いだの、やれ左手に持つ草薙の剣の形式が時代に合わないだの、
はては加賀百万石、前田のお殿様ののこされた立派なお庭、兼六園にそぐわないだのと、
揶揄されることも多かったとか。

 いやぁー、建国記念の日の話題として、ちょっと濃かったですねぇ・・・。

 なお、今回の記事を書くのに、次のサイトの記事内容を参考にさせていただきました。
[本]熾仁親王について・・・ウィキペディアの「有栖川宮熾仁親王」の項
[本]高岡鋳物師について・・・室屋長兵衛の「日本最古の銅像 日本武尊像」のページ

《2016年8月21日追記》
 このほど、画像のリンクを修正し、画像の表示を確保しました。
 また、参考情報としてあげた2つのサイトへのリンクのうち、後者、すなわち高岡鋳物師に関するものは、
元情報が削除されたためか、リンク切れとなってしまっています。あしからず・・・。

《補記:2024.4.23》
 アイコンの表示など、さらに修正が必要な箇所が見られたので、対応しました。

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