はちまんぐう [神社まいり]
先日(2/19)訪れた岡八幡神社です。
石の鳥居、その奥に拝殿が・・・ だいぶ、逆光ですが・・・。
この岡八幡神社は、笛吹市八代町岡1250番地に所在します。
こちらは、その拝殿です。
拝殿の軒下に掲げられている額をしたためられておられるのは、
公選6人目の県知事、望月幸明氏です。
拝殿の奥には、本殿が・・・。
社叢の中に静かにしずかに、鎮座ましましていらっしゃいます。
本殿や拝殿には、彩色がなされています。
わが国の伝統的な彩色法(漆に顔料)ではなく、
現代的な合成塗料が用いられています。
生い茂った社叢に囲まれ、けっこう湿潤な環境で
木部が痛みやすいため、建物を長持ちさせるための塗装だと思われますが、
少しばかり雰囲気が、変わって感じられます。
形は、この国の伝統に則っているのだけど、
何か外国の建物みたいな感覚が・・・
別に、そうした取り組みを否定しようというのではありません。
信仰の形が変わってきているので、
そういつもいつも伝統的なメンテナンスをしていくわけにもいかないので、
科学的な皮膜で包んで長持ちさせようと・・・
氏子の皆さんの苦労が偲ばれます。
お終いに、岡八幡神社の由緒について、境内の前面に
説明板がありましたので、ご紹介します。
当社は誉田別命(応神天皇)、大中津姫命、神功皇 后の三神一体の八幡神が祭神として勧請されている。 誉田別命の後胤と言われる朝日長者夕日長者の一族 が当地開創の時祖先の神霊と宇佐の八幡宮分霊を奉遷 したと伝えられる。 本殿は一間社流造で延宝二年(一六七四)に再建さ れ、更に嘉永五年(一八五二)に現在のものに新築さ れた。拝殿の建立は詳かでないが、延宝二年と享保九 年(一七二四)に修復がされている。 鳥居は明神鳥居で延宝四年(一六七六)の造立で天 地七尺、柱間六尺の規模を有し、石華表額字「八幡宮」 は、後陽成天皇第八の宮良純親王の書と伝えられる。 本殿には法華経八巻が本殿再興の延宝二年に諸大夫 前内侍主事藤原清重により奉納されている。 境内には向拝付入母屋造りの庚申石殿があり技を尽 した精巧のもので、願主銘から江戸末期の造立と推定 される。明治十五年に浅間社、御崎社、伊勢社の三社 が境内へ合祀された。