SSブログ

オオタカの“新伝説”とは・・・ [おおっ!]

090419nhktv01.jpg

 送電線鉄塔が出てきましたが、
内容は、送電線の話ではありません。
オオタカについて、最近判明してきた情報です。
これは、昨晩NHK-TVで放映された番組を
驚きの目で見たものの、いまだ感激さめやらぬ記録です。

090419nhktv02.jpg

 かつてオオタカは、森の中の猛禽と考えられていましたが、
実は・・・。

090419nhktv05.jpg

 都市部で見られるケースが増えてきたという
具体的なデータが紹介され、それはなぜかについて
現状を解説していました。

090419nhktv03.jpg

 それから、都市部に適応したオオタカの狩りのようすに話が進みます。
まずは、見通しのよいところで、獲物を探して・・・。

090419nhktv04.jpg

 ねらいを定めて獲物に向かって急降下。
獲物があわてて、行き場を失ったところへ、
エアーブレーキをかけて、“わしづかみ”にしてキャッチ。
オオタカの飛翔能力の高さがものを言うのだそうです。

090419nhktv06.jpg

 “新伝説”は、もう一つ。
オオタカとカラスとの関係です。
カラスが、トビやノスリなどの猛禽類に立ち向かう姿については、
エート・マンもたびたび目にしてきていますが、
なぜ、カラスは猛禽にも向かっていくのか。
そして、猛禽は、猛禽、やられっぱなしではない、という話。

090419nhktv07.jpg

 カラスは、オオタカと、体の大きさはそんなに違わない。
だから普通に向かい合っても、猛禽とはいえオオタカに勝ち目はないそうです。
で、オオタカが、カラスをしとめる方法が・・・。
それは、たいてい、水面の上での対戦をオオタカがえらんでいる、ということ。
群れをなして、オオタカに向かっていくカラスの群れ、
オオタカは、隙を見て、1羽にアタックし、やはり足でつかんで、
水の中に沈めるという、すごい技を繰り出します。
数分すると、カラスもぐったり。
それを岸に引き上げて、いただくことになるのだそうです。

 こうした地道な取材に基づく、新しい自然の姿を提供してくれる番組、
わくわく、どきどきで、引き込まれてしまいます。

ゴミ封じ鳥居の観察記 [忘れないように]

090419gomiyoketorii01.jpg

 今日見た「ゴミ封じ鳥居」です。
その意味は、2009年1月3日付けの過去記事をご参照ください。

090419gomiyoketorii02.jpg

 さて、このブログ、時々休みながらも、毎日適当なことのせて
エート・マン・ワールドを展開しています。
それで、常連さんも多くおられますが、
時々、検索エンジンから入られる形もおられます。
その検索キーワードに「鳥居の作り方」というのが結構ありまして、
今日の記事は、そうした状況でのご来訪に、サービス精神を発揮したものです。

 だいぶ前に、角材を組み合わせて、それに赤い色を塗っている観察記を
書いています(2007年5月27日の記事)。
 しかし、今回は、それとは違う作り方を見ましたので、記録します。
丸棒を組み合わせ作っています。
現場で見たときには、これって、ひょっとしたら例の既製品かな、と思ったのですが、
この観察のあと、別件でホームセンターに寄ることがあって、
これと同じ規格の丸棒を見たので、それを求めれば、
製作可能だなと感じました。
以上、ゴミ封じ鳥居の作り方のバリエーションを紹介でございました。

3086 [エートマン的kokoro]

090417ichiro3086hits.jpg

 昨晩、甲府駅前の酒場で、
ichiroの日米通算3086安打達成のニュースを見ました。
甲府の町にも、こうした味のあるお店が
だんだん姿を消してきています。
できれば、たいせつなそうした空間は、続いてほしい、
ichiroの活躍と同じように・・・。

おおやまだこうえんはし [川と橋の文化誌]

090329itozakura01.jpg

 それは、まだイトザクラが、きれいに咲いていた頃・・・。

090329ooyamadakouenhashi01.jpg

 笛吹市八代町の四ツ沢川砂防公園を散策した折り、
あらためて1つの歩行者用の橋に目がとまりました。

090329ooyamadakouenhashi02.jpg

 木製の人が渡る橋ですが、欄干の手前の端には、
右に「大山田公園橋」と書かれ、
左には「四ツ沢川」と川の名がありました。

090329ooyamadakouenhashi03.jpg

 反対側のサイドの右側の表示です。
「おおやまだこうえんはし」は、今回の記事のタイトル。

090329ooyamadakouenhashi04.jpg

 左側の表示は、「平成十二年三月」と竣工年が示されています。
と、ここまでは、どうということがない、よくある橋の4つの表示で、
この人専用の大山田公園橋にも、
原則的にその表示がありました・・・ということですが、実は。

090329ooyamadakouenhashi05.jpg

 橋の名前を表示したプレートの上に、こんなのが貼ってありました。
注目されるのは、「NEDERLAND」の文字。

 えっ、オランダがなんだって?
そうです。
この橋は、オランダの「GROOT LEmmER B.V.」という会社の製品だったのです。
調べてみると、全国各地の公園などで、このグルートレマー社の製品の
採用実績があるようです。

 この記事を書くに当たって、次のサイトが参考になりました。
  「建設navi」URL: http://www.kensetu-navi.com/index.php

河口の道祖神さん [いのり・信仰]

090410dousojin01kawaguchi.jpg

 富士河口湖町河口、浅間神社の参道入り口の
脇にあった道祖神さんです。

090410dousojin02kawaguchi.jpg

 甲州によく見られる丸石の道祖神さんです。
台座には、「衢神」(ちまたのかみ)と彫り込まれています。
さらにその下の台には、「産子中」と彫られています。
これはどう読んだらいいのでしょうか。
「産子」は、“うぶこ”で、『広辞苑』によると

  同じ産土神(うぶすながみ)を奉ずる人。氏子。

なんだそうです。
「氏子中」というのは、ほかの道祖神さんで見たことあるような・・・。

河口の浅間さん [神社まいり]

090410kawaguchisengensha01.jpg

 富士河口湖町河口に鎮座する浅間神社です。

090410kawaguchisengensha02.jpg

 国道137号に沿ったところに祀られている神社の参道入り口では、
富士山の姿が眺められ、また県指定天然記念物「七本杉」の
案内表示も出ていました。

090410kawaguchisengensha03.jpg

 参道を進んでいくと赤い立派な鳥居が立ち、
その背後には、とても背の高い針葉樹が生えています。

090410kawaguchisengensha04.jpg

 赤い鳥居の額を見上げました。
額には「三国第一山」と書かれていました。
これは、北口本宮浅間神社と同じみたいです。

090410kawaguchisengensha05.jpg

 鳥居をくぐってさらに進むと、参道の両側には
杉の巨木が立ち並んでいました。
とても大きな木ですが、これでビックリしては、いけなかったのです。

090410kawaguchisengensha06.jpg

 ようやく神門までたどりつきました。

090410kawaguchisengensha07.jpg

 やはり立派な拝殿と、その背後に本殿が見えています。

090410kawaguchisengensha08.jpg

 本殿の周辺の社叢には、注連がめぐらされた杉の巨木が見られました。
その数、7つ。
これが案内板にいう「七本杉」だったのです。

090410kawaguchisengensha09.jpg

 身も心も震え上がるような霊験を感じさせる
河口の浅間さんの社叢でありました。

火の見ちゃん33 [火の見櫓]

090410hinomi01.jpg

 富士河口湖町河口で見た火の見櫓です。
昭和33年の設置のようです。

甲州寺子屋2009・・・ [調査・説明会・講演会・シンポなど]

090412kofujoato01.jpg

 今日、久しぶりに、甲府城跡を訪れました。
ここは天守曲輪と呼ばれるところから、天守台を見上げたところです。
落ち着いた、風格のある石垣の上に、
小さな幟旗がたくさん付けられていました。

090412kofujoato02.jpg

 右手の石垣下をのぞいてみると、
仮設のイベント会場になっていて、多くの人が集まって賑やかでした。
 そう、4月12日は、武田信玄の命日とされていて、
例年、この日の直前の金曜~日曜で
「信玄公祭り」が開催されますが、
甲府城跡は、その会場になっているのでした。
 そんなこともあって、この甲府城は、
武田信玄のお城だと誤解する方も多いようです。

090412kofujoato03.jpg

 そこで、このお祭りの期間中、武田信玄のことや
甲府城の歴史について、あらためてお勉強しましょうと、
「甲州寺子屋」というのが開かれていて、今年で5回目を迎えているそうです。

090412kofujoato04kouen.jpg

 午前にあった第1部は、県埋蔵文化財センターの主催で、
甲府城の歴史について、専門家から興味深い話が聞けました。
まさに目から鱗・・・という感じでした。

090412kofujoato05kouen.jpg

 午後の第2部は、県立博物館の主催となり、お話しも武田信玄に関連したお話しでした。
信玄の御膳を復元するという趣旨の講演で、
なかなか注目されてこなかった分野について、
丁寧な考察に基づいた、戦国期の武将たちが行っていた
饗宴のようすが偲ばれる内容となりました。

ちょっとしょうもうちゅう・・・ [月や宇宙・宇宙開発]

090409moon01.jpg

 これは、今晩の19:29に撮影した、お月様です。
月齢は、まだ13.77でしたが、暦の上では、今日が満月とされていました。

090408moon01.jpg

 実は、昨晩も、ほぼ同じ時間帯の19:19に撮影していました。
一日違いなのに、どうしてこんなに色合いが違うのでしょうか。

 ところで、このところ、少し消耗中。
こんな他愛もないブログですが、いざ書き込むとなると、
適当に真剣に、それでいてお馬鹿に、エネルギーを使うんです。
お月様をとっくり拝んで、充電することとします。

今日はとことん、てっちゃんの日(4) [鉄道・電気機関車]

090404katsunumaSTA01.jpg

 やっと、勝沼ぶどう郷駅に着きました。

090404katsunumaSTA02.jpg

 降り立ったホームから、下り方向を見ても・・・

090404katsunumaSTA03.jpg

 上り方向を見ても・・・

090404katsunumaSTA04.jpg

 駅前に出て、見上げても・・・
花、また花です。
「勝沼ぶどう郷駅」というよりも、“勝沼花盛り駅”でありました。

090404katsunumaSTA05.jpg

 この勝沼ぶどう郷駅周辺のサクラですが、
「甚六桜」と呼ばれているのだ、とそのいわれが説明板に記されていました。
この勝沼駅周辺の地形は、とても急な傾斜地で、
ここを通過するJR中央線は、たいへんな急勾配になります。
SL時代は、この急勾配をクリアするために、
スイッチバックという方式が採られていました。
時代が変わって、SLよりクリーンな上に、エネルギー効率が高く、
ずっとハイパワーの電気機関車が登場すると、スイッチバックは無用となり廃止されました。
この結果、駅構内には、多くのスペースができたようで、
このスペースにサクラを植えて、現在あるような形が出来てきたのだそうです。
 さて、ここまでの話題では、あまり「とことん、てっちゃん」
とは、いえませんね。
まあまあ、続きをどうぞ。

090404katsunumaEF6418a.jpg

 さて、すでに以前にも、このブログで取り上げたネタではありますが、
“とことん”なので、再びとりあげます。
そうです、駅前に展示されているEF-64なのであります。

090404katsunumaEF6418b.jpg

 EF-64は、どんどん現役引退が進んでいて、
解体されるものも続いているそうです。
そうしたなかで、ながくその勇姿を保存したいと、ここに展示されたのであります。
しかも、番号が若い、18号機であります、すごいですねェ。

090404katsunumaEF6418c.jpg

 さきほどの「甚六桜」の説明板と並んで、この「電気機関車 EF6418」
の説明板が置かれていました。
詳細な説明がありますが、次の言葉で結ばれているのが注目されます。

  ・・・地域の発展に果たした役割は計り知れないものがあります。   勝沼駅を駆け抜けた往年の名機関車はそんな歴史を私たちに語り   かけてくれます。

090404katsunumaEF6418d.jpg

 そうです。
ただ、“そこに展示されている”だけではなく、
雄弁に語りかけてくれているのです。

090404katsunumaEF6418e.jpg

 サクラに埋もれるようにしている往年の名機関車・・・。
しばし、その声なき声に、耳を傾けたのでありました。

 なお、このEF-64を夢中で見学している最中、
ずっと上にある中央線の、勾配のきつい本線を
上りのEH-200が、あっという間に駆け抜けていきました。
そうです。
EF-64の後継機の元気のよく活躍する姿なのでありました。
あまりにも突然で、あっという間だったので、写真は撮れませんでした・・・。