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かざみ・・・ [エートマン的kokoro]

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 いま、わたしをとりまく環境に、どんな風が吹いているのかしら・・・。
ウィークデイを働きつめて、間もなくウィークエンドに。
うまく風が読めればいいのになぁ・・・。そんな金曜の夜です。

心にしみる言葉たち [エートマン的kokoro]

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 市川三郷町高田に鎮座まします一宮浅間神社の社務所に掲出されていた
「六月のことば」でありました。
いちいちごもっともで、身につまされます。気をつけなくては、どれも・・・。

らぶりぃなアジサイ [はないちもんめ]

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 あばたもえくぼ・・・といわれますが、ものは見ようということでありまして、
いまが季節と咲き誇るこのアジサイ、わが目にはハートに映ったものですから・・・。
でも、ハート型イコール「らぶりぃ」とは、なんとも・・・ですねぇ。

影が薄い「鉄塔」 [送電線と鉄塔&発電所・変電所]

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 このところ送電線鉄塔の存在感が薄いですね。
鉄塔じゃなくて石塔ばかり・・・。

 う~ん、そうじゃないけど・・・。
でも、ホオジロのさえずりに耳目は向いていても、
同じ時間に遠くにJR送電線の酒折線の鉄塔を意識していたり・・・
のように、存在には心が惹かれているのですが、
何せ、老舗の10電さんがね、厳しい状況なので、しばらくはこんな感じかな。

ある法華塔 [いのり・信仰]

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 甲州市塩山平沢地内を通過する一般県道207号平沢千野線のかたわらで、
「法華塔」と大きく彫り込まれた石碑を見ました。

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 重要なのは、「法華塔」の文字の上部に、2行に分かち書きした「一字」「一石」の文字です。
これは、500円玉前後の大きさの自然石の1つひとつに、経文を1字ずつ書き込み、
それを埋めて供養したことの記念碑だろうと推測されたからです。
一字一石供養塔とも呼ばれ、石ころに書き付けられる経文は、多くの場合「法華経」で
江戸時代頃から各地に見られることが知られているのです。

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 よく見ると、法華塔の文字の周囲にさらに細かな文字が彫り込まれているようです。
年季や願文などか記されているようですが、カメラによる望遠スケッチでは、そこまででした。
こうした歴史資料の意味を深く探って行くには、「拓本」という手法を
あらかじめ用意して行かなくてはだめですね。

竹森玉諸神社境内の道祖神さん [いのり・信仰]

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 今回の話題は、神社の境内に祀られている道祖神さん。とくに竹森の玉諸神社境内の・・・。
この写真は、前々々々回の「竹森の玉諸神社」という記事で最初に使用したもの(再掲)です。
 実は、この写真の手前の左手に、それが写っていたのです。
境内入ってすぐのところに見られた道祖神さん、ちょっとだけ細かに見ていきます。

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 こちらがその近景。

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 さらに近づいて上から見下ろし加減に・・・。
これも、石の造形・・・。

 道祖神さんは、もともと街路の辻となるような道祖神場に祀られていました。
御維新の砌、神様を路傍に置くのはいかがなものか、しかるべく神社の境内に
移し奉りてご奉仕つかまるつるように・・・といったお達しが出て、
このように神社境内に移されたものが多くみられたようです。
再び路傍に返された道祖神さんもあるようですが、こちらではどうだったのでしょうか。

竹森玉諸神社境内の青面金剛さん [いのり・信仰]

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 前々回の記事で使用したもの、また登場です。
許容されている画像データ・キャパが余り多くないので、
一度使用した画像を何度の使い回しているのですが、お見苦しいかも知れません。
どうぞご理解ください。
 さて、寺内正毅さん揮毫の忠魂碑の右手に、今回の話題はございます。
もうタイトルからして青面金剛さんのことだということではありますが・・・。

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 左手にちょこっと見えてる忠魂碑、右端には笠部を失った六地蔵石幢、その手前には
首を失った石仏さま、そして背後には石垣積み・・・まさに石の造形の世界ですね。
前回の記事でもふれた、石の加工技術に支えられての世界です。
 それはともかく、中心にあります青面金剛石塔。
台座とか上部とか、本来の姿では無いかも知れませんが、青面金剛像はすてきです。

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 近づいてみて、あらためて優秀な彫刻だと感じました。
青面金剛像の下の三猿さんもみごとですね。
 それから像の向かって左側面に年代の彫り込みが確認できまして、
「元禄十年」(1697)の作品のようだと理解されました。

竹森玉諸神社境内の蚕影山 [いのり・信仰]

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 前回の記事とまったく同じ写真ではじまりました。
甲州市塩山竹森の玉諸神社の随神門付近を見たものですが、
このうち右手の隅に見える忠魂碑が前回の記事の柱でしたね。
今回は、左手の蚕影山です。

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 神社の境内に、さまざまな神様が摂社や末社といった形で
いっしょに祀られることはよくあることで、蚕影山(こかげさん)も例外ではありません。
 いつごろのものか、しっかりチェックしてきませんでした。
(忠魂碑に心が傾きすぎていたためですが)
おそらくこの地域、というか、山梨県下でおよそ広く共通することですが、
養蚕が盛んになり、蚕の守り神としての「蚕影山」をていねいにお祀りする時期は、
明治の後半から大正、昭和の初期くらいまででしょうか、これもその1つと考えられます。

 今回、注目したいのは、石碑の作り方です。
碑面の、向かって右側の上部に矢穴が少なくとも3つみとめられます。
矢穴の形状から考えられる石造りの時期は、蚕影山の隆盛時期とほぼ重なるものといえそう・・・。
祈りの必要性とそれを満たす石造りの技術が重なり合ってもたらされた造形と考えられます。

 

てらうちさんの・・・ [忠魂碑の類]

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 前回の記事で見ていただいた甲州市塩山竹森の玉諸神社の
参道の石鳥居前から随神門方向を見渡したところです。
実は、この玉諸神社にお参りしようとしたきっかけは、随神門の右手に
ちらと見えた石碑がとても気になったからであります。

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 もう少し近づいてみたところ、やはり忠魂碑だと確認ができました。

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 この碑文の書き手については、「陸軍大将伯爵寺内正毅」とあり、
陸軍大臣、外務大臣、初代朝鮮総督、内閣総理大臣などを歴任した大物でありました。
嘉永5年(1852)周防国(山口県)生まれの旧陸軍軍人、大正8年(1919)に病没です。

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 玉諸神社境内の忠魂碑の背面にまわってみました。

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 「大正六年三月十日建設」「帝國在郷軍人會玉宮村分會」とありました。
これまで見てきた本県の忠魂碑の中では、明治末年の乃木さんのものに次いで
ごく早い段階のものといえそうであります。

竹森の玉諸神社 [神社まいり]

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 甲州市塩山竹森に鎮座まします玉諸神社にお参りしました。

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 スギを中心とした社叢。厳かな雰囲気を醸し出しています。

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 境内はいって右手に神社名を記した石柱が建ち、
「郷社」の格を有していたことを物語っていました。

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 随神門をくぐってその先右手に由緒書が掲出されていました。
氏子の総代の皆さまの起草になるとみられる由緒の説明文は、
この神社の歴史の重厚なることを告げています。

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 拝殿前で二礼二拍手一拝を捧げた後、引き続き神社さんの斜めに見学しました。
「御威徳」の文字、かっこいいなぁ・・・と撮影したものですが、
昭和の御代にこの書をものしたお方のお名前が確認できるほどの画像にはならず、
またの機会にゆだねることとなりました。

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 拝殿の右手からご本殿を拝みました。

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 畏れおおくもさらに近づいてご本殿を見物です。
ケヤキ柱でしょうか、一間社流造は、とてもていねいな造りで、まだ新しい感じさえします。

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 反対側にまわってご本殿の棟や妻飾りを確認です。
棟にあしらわれたご神紋は「丸に三つ輪違い」
 甲府市国玉町にも、甲斐国三ノ宮として知られる玉諸神社がありますが、
そちらも同じご神紋なんでしょうか。またいつの日にかチェックすることに・・・。