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火の見ちゃん26 [火の見櫓]

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 忍野村忍草地区で見た火の見櫓です。
またまた、あるオペレーションを展開中の、わずかな時間を盗んでの観察。
しかし、完全OFFの日だったので、ちょっぴり欲張った全景写真から入ります。
とても美しい姿をしているな、という印象です。

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 とても美しい・・・、それは一番上の風見の部分まで、痛みが少ないこと、
またローカルお知らせ放送用の拡声器など、
火の見櫓本来の機能と離れたものが取り付いていないこと、
などからくる印象かと思われます。

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 どっかりと踏ん張っている4つの脚の1つに、
製造者と製造年を表示するプレートが確認できました。
「甲府市イセ町」にある「中村ポンプ工場」によるもので・・・
 鋳造によるプレートで、画数が多い「伊勢」はカタカナになっています。
そして建造年月は「昭和  年  月」と陽刻してあって、
数字部分は、鏨で彫り込む形式になっていますが・・・、

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 建設時期の数字部分は、彫り込みが浅くてとても判読しにくいですが
何とか「三五」年「四」月と読めます。
昭和35年4月というと、1960年、安保の嵐が吹き荒れていたころ・・・ですね。
それは1960年6月15日に1つの局面を迎えて・・・、
いやいや、今回の話題は、また1つ
火の見櫓の建造年の明らかな資料が追加されました
ということなのでした。
1960年6月15日のお話は、いつか、また別な形で・・・。

火の見ちゃん25 [火の見櫓]

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 山中湖村平野地区で見た火の見櫓です。
あるオペレーションを展開中、わずかな時間を盗んでの観察となったため、
いつものような、全体写真がありません。
いきなり、いちばんトップの写真からですが、
屋根がかなり傷んで、まあ、いってみればとても日当たりのよいものとなっています。

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 下から見上げた状況です。
この写真の下辺の左寄りに写っているプレートは、
この火の見櫓を建設するに当たっての寄付者の記銘版で、
銅板に鏨彫りがされていました。

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 こちらがその記銘版です。
このプレートの末尾、向かって左端に、建設年と施工者が記してありました。
「昭和四十年九月二十七日竣工」とあり、施工者は「甲府市」の
M鉄工所とO工務店の連名となっていました。
 また、1つ、建設年代のはっきりした火の見櫓の事例を
追加することができました。

てんりゅうみなみせん・25 [送電線と鉄塔&発電所・変電所]

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 夜中の送電線鉄塔・・・。
天竜南線25号鉄塔です。
三脚を使わずに、車のトランクの上に支えを取りながらの
手持ち長時間露光で撮影しているので、ブレがありますがあしからず。

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 10日ほど前、天竜南線の50号鉄塔を紹介してますが、
今回はその半分の25号鉄塔です。
プレートを見ると、昭和60年の3月に建てられた46mの高さの鉄塔だと分かります。
天竜南線でも、この25号鉄塔周辺は、急速に市街化が進み、
その頃には、現在のような高さが必要となり、立て替えがなされたものと思われます。

《追記2008.11.22》
 この記事の書きかけで、眠くなって、お終いにしましたが、
もうちょっと付け加えておきます。それは・・・、
なぜ、夜中に送電線鉄塔を見たのか、そしてまた彼の鉄塔はどこにあるのか
とのご疑念をお持ちになった方もおられるかと思いまして・・・。
 まず、どこにあるのかですが、甲府市大里町であります。
その鉄塔の下には、こんな場所がありました。

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 「ゆ」というネオンサインで、おわかりかと思いますが、
温泉なのです。
わが家では、付属大浴場が老朽化しまして、全面改装が必要となりました。
改装工事の期間は、1週間程度ということで、
比較的近くて泉質もよく、おまけに利用料がリーズナブルということで、
こちらのO滝温泉にお邪魔してきたのです。
おまけに、近くにとてもりっぱな(夜間なので余計にそう思えた)
送電線鉄塔がありましたので、とてもお気に入りになったという次第です。
 でも、今晩から、一部工事が残ってはいるものの、付属大浴場は再開されました。
ので、今後は、夜な夜なの温泉巡りは終了となりました。
(ほっと・・・が半分、ざんねん・・・が半分、です)

月と日と、めぐるめぐる・・・ [さんせっとorとわいらいと]

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撮影: 2008.11.20 10:23

 朝、南アルプスは雪雲の中から雄大な姿を見せ始め、
その空の上には、下弦の月がぼんやりと・・・。

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撮影: 2008.11.20 10:24

 太陽がぐんぐん上がる東の空の、その太陽の光を受けて、
西の空の下弦の月は、ただぼんやりと・・・。
でも、確実に月も日も追いかけっこするようにめぐり続けています。
休むことなく。

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撮影: 2008.11.20 16:08

 朝、力強く上がった太陽も、いつしか山の向こうに沈むときが・・・。
幻想的な11月20日(「県民の日」)の日没です。
沈み行く日が重なっている木は、ヤマナシの木。
それは象徴的でした・・・。

今日は「県民の日」@やまなし [エートマンの日記]

 今日11月20日は、「県民の日」です。
その関係で、仕事が“手ばって”いて、更新時間がありません。

 ちなみに、「県民の日」には、県立や一部の市町村立の有料施設が
無料開放されます。
詳細は、次の山梨県の公式ホームページの関係サイトで確認できます。
  http://www.pref.yamanashi.jp/barrier/html/kenmin-skt/33463832781.html#C2
一例を挙げると、県立美術館や県立博物館が、常設展・企画展など、
無料で楽しめますよ。
 天気もよさそう、よい一日を!

臥待ちの月 [お月さん・そして宇宙と宇宙開発]

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 今晩、23時22分撮影の月です。
月齢19余り。
月の満ち欠けで運用された陰暦の頃は、19日の月は
「臥待月(ふしまちづき)」と呼ばれたそうです。
月の出が遅いので、床に臥して待つという意味の呼び名です。
・・・昔、高校の古典の時間に習った気がします。

甲信幹線と国道20号 [送電線と鉄塔&発電所・変電所]

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 今日の日曜は、久々にお休みでしたので、買い物に出かけました。
甲府周辺にお住まいの方は、ああ、あそこだな、って思われるかも。
出かけ先の1つは、甲府市と甲斐市が境界を接する辺りで、
山梨の主要送電線の1つ、甲信幹線と、
やはり山梨の主要幹線道路である国道20号が交差するところ。
この写真の左端に、赤を基調としたお店のマークが写ってますね。
 OO電気なんですけど、そこで新パソを物色するのも本日の行動の1つでした。
このブログをはじめる前から、使っていて、このブログの日々の更新にも
たいへん強い味方となってきた現在のノーパソちゃんは、
今年2月に、無理にお茶されて、HDDの換装で立ち直ったかに見えたのですが、
内蔵のファンが不調になり、時々お休みをしたり、回っているときもブツブツと・・・。
 OO電気で、今年の秋冬モデルというのをいくつか見たのですが、
OSがビスタとなっていることは、いうまでもなく、他にハイビジョンノートだとか、
Bluetoothや無線LANなどのワイヤレスネットワークのこと、
光学ドライブにブルーレイどうするとか、新ネタいっぱいで、なかなか・・・。
で、結局は、もう少し、ブツブツとがんばってもらうことに・・・。
(使用中のパソコンとお茶した件は、2008年2月15日の記事を参照ください)

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 お店を出て、今度は反対方向を見ました。
国道20号でいうと新宿方面で、甲信幹線は山梨変電所の方向です。
国道20号の方は、街路樹のイチョウが、まだ黄緑が多いものの、
黄色の色付きが進み、落葉しはじめたものも・・・。
(国道20号のイチョウについては、2007年2月9日の記事も参照ください)

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 今日の送電線チェックは、足下までお邪魔してというものではなかったので、
遠くから見た鉄塔の最上部を切り出してご紹介ですが、
こちらの甲信幹線の鉄塔は、No.442。
ということは、初めの赤白のやつは441号鉄塔ですね。
V字型に碍子を連ねて、15万4千ボルトの送電線を吊り下げています。

開設3周年記念インタビュー [エートマンのウェブメモ]

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 みなさん、お久しぶりです。ご機嫌いかがですか。
 わたしは、赤トンボのマイクと申します。覚えていてくださいましたか。
前回の登場は、2008年9月7日で、このブログ『えーと 何だっけ?!』の投稿1000回記念に、
「(赤トンボなんですが、)はねは、透き通っていて見えなくて、
足もどこかに、わすれちゃって・・・」とかいいながら初お目見えさせていただいたんですよ。

 さてさて、今日は、このブログ『えーと 何だっけ?!』の開設3周年の記念として
いつもつまんねい記事書かれているbnvn05あるいはエート・マンさんに、インタビューしてみます。
どうか、最後までお付き合いをお願いします。

 では、「続きを読む」からどうぞ。

続きを読む


こうよう・きんし [地域の小さな歴史]

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 先日訪れた「シルクの里」の一角に、
浅利与一の層塔とよばれる旧跡があり、層塔自体は県指定文化財となっています。
写真は、そこを少し横から写したものです。
 今回の話題は、浅利与一に直接絡むものではなく、
手前の杉木立のとなりにひっそりと立つ石碑についてであります。

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 縦書きで2行にわたって、「明治三十五年三月、旧甲陽勤士
飯室真明謹建」とあり、二行目の下には石工の名が続いています。
 つまり、この石碑は、今を去ること百年以上前の
明治35年(1902)に飯室真明さんによって建てられたというものです。
この石碑っていったい何なのでしょうか。

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 実は、先ほどまで見ていたのは、石碑の裏面であり、
正面に回ると、こんなふうでありました。
いわく、「神霊萬古存」と。
きっと、浅利氏の旧跡に佇んだときの想いをこの石碑に託したのでないかな、
と想像されます。
 で、次には、飯室真明さんとは、どんなお方なのかが気になるところですが、
とりあえずは、その方の肩書き「旧甲陽勤士」という文字が注目されました。
というか、このことを真正面に取り上げたかったのです。
明治も35年という頃にもなって、まだ「旧甲陽勤士」となのる強者がいたのでと・・・。
このお方、幕府時代に甲府勤番に列していたお方のようです。
いまは、すぐ資料が出てこないのでだめですが、そのうちに何とか・・・。

今晩が満月でした・・・ [お月さん・そして宇宙と宇宙開発]

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 今日は、とても良く晴れて、気持ちのいい日。
朝の通勤時に聞いたラジオのウェザー情報で、
「小春日和」になるといっていたのを思い出しましたが、
まさにインディアン・サマーとなりました。
そして夜になって、大きなお月様。
今晩が満月でした。