旧暦8月の宵月 [月や宇宙・宇宙開発]
月は、というか月も、一瞬もとどまることなく、宇宙の一隅にあって旅を続けている・・・。
つい先日、十五夜だと大騒ぎしてたけど、もう月齢は20.45ほどに。
というか、22時53分に撮影したその場所には、もういないのですよね。
時の流れのすさまじさを感じます。
話は少しずれますが、今晩は某テレビ放送の、ISS(国際宇宙ステーション)から観察された
地球という天体をめぐるいくつかの現象について、最新の技術に裏付けられた
最新の研究成果について紹介してくれていました。
ご覧になった多くの方々が、大きな感動を得られたのではないでしょうか。
もちろんエートマンもその一員。
JAXAやNASA等の連携もあり、多くのスタッフがそれを支えてくれていたことだと
深く感謝の念を表したいと思います。
米倉山にかけあがる送電線は・・・1 [送電線と鉄塔&発電所・変電所]
先日取り上げた木原橋から少しだけ、七覚川を下流方向に移動した場所で、
米倉山を見上げました。
山の両川に沿って、まだ新しい送電線が、お山をかけあがっていくのを観察したのです。
このカットで3基の鉄塔が確認できますが、
左手の前景に大きな木があって、それより左は視界が遮られてたので・・・。
少し移動してみました。
こちらのカットにも3基の鉄塔が写っています。
そのうち、中央と右端は、前の写真に重なります。
なので、この位置からは都合4基の送電線鉄塔が見られたことになります。
次にその1つひとつを個別に見ていきます。
まずは米倉山の麓にあたる場所に出来たこの鉄塔からです。
まだ建設工事が完全に終了していないのか、周囲に仮囲いが残されているようです。
お次がこちら。
300m望遠撮影をしているのですが、対空標識はかなり横向きでうまく確認しがたい状況、
でもかすかに「6」ということらしいことが認められました。
そしてこちら、対空の標識は「7」でありました。
何とか線の7号鉄塔ということになります。
まだこの段階では、近くに行って路線名を確認しようにも、
表示は付けられていないだろうと思われますが、とりあえず鉄塔番号は判明ということです。
最後にこちら。順番からすると8号鉄塔だということになりますが、
ここでは90度近く方向を変えていますね。
その先はどうなっていくのでしょうか。
また5号鉄塔より手前はどうなるでしょうか。
実はそこに大きな(?)発見(??)があったのでしたが、いずれまた・・・。
なぜか、いま、話題に・・・ [巨木・記念木・気になる木]
この1月19日に取り上げた、甲府市若松町の市街地の一角に根を下ろした若松です。
先ほど「若松町」というバス停を通過したので急に思い出しました。
なぜ急に気にとまったのでしょうか?
それは昨日来、ローカルのニュースなどで紹介されていて、
それがひっかかっていたからだと思えるのです。
今回の写真は、その1月の記事に使用したものを再掲したものです。
最近の状況は、1月のとだいぶ変わっているようです、報道に拠りますと・・・。
この夏、だいぶ成長してきたとか、めでためでたの若松さまよ・・・というところのようです。
さらに・・・きはらはし [川と橋の文化誌]
もう一度、木原橋の話題、ちょっと細かく・・・です。
南詰の上流側で、欄干などのようすを観察です。
この時代によく見られた雰囲気です。
明確な親柱が無く、コンクリート製の縁の部分に飛び出してプレートが設置されています。
ここでは川の名称「七覚川」との表記があります。
北詰の下流側では「昭和58年1月竣功」とありました。
先ほどいった「この時代」とは昭和50年代の頃のこと・・・を意味するものでした。
鋼製の桁に取り付けられた道路示方書に基づく規格の表示プレートを確認しました。
下流側のサイドで南詰近くにあります。
これによると、旧豊富村が建設主体で、1980年版の道路示方書に基づいた一等橋だとわかります。
けっこう立派な規格で、カーブをもち通行しやすく設計された橋のなのですが、
いまはすぐ近くにシルクラインというより高規格の道路が出来ていて、
通行する車も少なくなっていて、少し寂しく感じるのですが、せっかくの命、
まだまだがんばって欲しく思われました。
なお、塗装情報もいっしょに見られましたが、それによると
鋼製の橋桁の塗装は竣工時以来のもののようで、28年経過、なかなかしっかりとした塗装のお陰、
まだ行けそうな感じです。
[補記:画像データの再設定を行いました。2023.11.3]
きはらはし [川と橋の文化誌]
流れる川は、七覚川。
先月19日、方代忌がありましたが、その山崎方代の代表作の1つ
桑の実が熟れている 石が笑っている 七覚川がつぶやいている
に詠いこまれた、あの七覚川です。
赤い橋桁の橋が見えます。木原橋です。
木原橋は、中央市木原の集落の入口に当たる位置にあることから
その名があるよう・・・。
川のずっと上流は、方代の生まれ故郷の右左口の里。
右手には、三星院古墳がある丘陵が見え、左手のお山は、例の米倉山です。
木原橋は、七覚川をほぼ南北方向に渡っています。
その南詰から北詰方向に見たところです。
この橋の前後で道路の線形が緩やかなカーブを描いています。
このため、橋自体もカーブした平面形をもっています。
このブログのご利用履歴を見ると、少し前のことですが、
「なぜ橋は川に直角に架けられるか」という趣旨の検索をされた方がおられたようですが、
確かにうんと昔の橋は、原則的に川の流れを直角に横断する形で架けられていました。
それが最短、すなわち架橋にかかる工事規模をいちばん小さくできるからです。
でも架橋の技術が徐々に進み、いまではさまざまな道路線形に対応した
橋が見られるようになってきています。
この木原橋のようなゆったりとカーブを描くのは、その手始めの段階
といえるかと思われます。
カーブを描く手法は、少し斜めに架けた橋に、さらに途中から桁を斜めに接続させる
という形をとっているようです。
[補記:画像データの再設定を行いました 2023.11.3]
かかしの季節 [かかしワールド]
おぉ~い、むぎわらさぁーん。寝てんのぉ?
寝てる場合じゃないよぅー! これからが忙しくなるんだよー。
なんだよー、ヘルメット野郎め。寝てなんかないよ~。
テツガクしてんだよ。どうしたら、少しでも早くニッポンが元気になれるか、ってね。
それより、お前こそヘルメットなんかかぶっているんだから、
わが国のフッコーのために、最前線にいって働けよ!!
えっ、ぼくの役割は、ここを守ることだって。そーだよなぁー。
こんなところでいがみ合ってても、しかたない。なかよくするかぁー。
というような、会話が聞こえてきそうな、かかし達のいる収穫間近の田んぼでありました。
お彼岸近し、とヒガンバナがいう [季節の話題]
とあるお屋敷の一角に、ヒガンバナの咲き始めたのを目撃しました。
1つ目の写真の中でいちばん咲いている部分です。
竹藪の縁の部分にあたる場所でした。竹とのコラボもいいもんですね。
暑さ寒さも彼岸まで、といいますが、そのお彼岸ももうすぐだぞ、と教えてくれた
一群れのヒガンバナでした。
2011年中秋の名月 [月や宇宙・宇宙開発]
でたでたーつきがぁ~。まぁるいまぁるいまんまるい。ぼ~んのよーなつきが。
かーくれーたくもにぃ。くぅろいくぅろいまぁっくろい。すぅ~みのよーなくもに。
まーたでーたつきがぁ~。まぁるいまぁるいまんまるい。ぼ~んのよーなつきが。
とはいえ、終始、こんな感じで雲がかかっており、ゆえにピントの甘いお月さまとなりました。
まあ、それもまたよしですね。